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ごとう祐一
1月1日

7月2日投開票の東京都議選では、私は中野区の西沢圭太候補の支援議員団のリーダーとして、ビラ配り、マイクなしでの声出し活動などを先頭に立って支援すると共に、神奈川県と九州沖縄ブロックの青年議員団に呼びかけ、終盤には秘書全員を投入するなど全力投球し、1,339票差で自民党のドンである都議会議長を破りました。また、西沢候補以外に応援した三鷹市の中村ひろし候補も二人区での唯一の当選を勝ち取りましたが、北多摩二区の興津候補は残念ながら及びませんでした。
 
しかしながら、全体では、自民党が歴史的惨敗となった一方、民進党も5議席の敗北でした。この結果を私なりに総括すると、
①安倍一強時代は終わった
②「受け皿」は民進党ではなかった
③古い政治を変えていくことへの期待
今朝の神奈川新聞でも県連代表としてコメントしましたが、野党第一党として受け皿足りえなかったことは深刻です。

では、「受け皿」足りうる条件は何か。
①批判より提案
②現実的な政策
③若い政治家が中核を担う
ことにあると考えます。

民進党が受け皿足りうるかどうかが試されます。

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民進党離党に当たって

 私 後藤祐一は、9月15日に民進党を離党いたしました。
民進党は自民党に代わって政権を担いうる「受け皿」となりえないと判断し、政権を担いうる新しい政党を作ることが野党の国会議員の義務であると考え、離党を決断致しました。

離党理由の一つ目は、民進党低迷の最大理由が「民主党政権で失った信頼は五年経っても変わっていない」ことにあるのに、その事実を直視できないことです。民主党政権時の中核メンバーがその後も中核を成し、次世代のーダー候補が離党していくようでは自民党に勝てません。支持率が低いのに変われない政党に未来はありません。

二つ目は、共産党との関係を含め、民進党が中道政党から左に寄りすぎてしまったことです。私の立ち位置は一貫して中道で変わらず、残念ながら民進党が左にぶれていったと考えています。「右翼でない保守、左翼でないベラル」の声をまとめる中道政党を作り、安全保障や外交は現実的に、社会保障は若年世代を中心に温かい政党を目指したいと思います。

三つ目は、意見の幅が広がりすぎ、党として目指す方向があいまいとなり、安倍政権に反対することで一体化を図るしかない悪循環に陥ってしまったことです。私自身が携わった具体例として、二年前の安全保障法案の対案党内をまとめたにもかかわらず法案審議中には提出されず、細野豪志政調会長とまとめたアベノミクスの対案も聞く耳を持たれませんでした。自民党とは違う明確な方向性を持った政策提案こそ国民は求めています。
北朝鮮からグアムに向かうミサイルの迎撃を認めるべきなのか、安全保障調査会の役員会で何度も議論を求めましたが、民進党はどうするのでしょうか。

私は2006年に政治活動を始めて以来、11年間にわたって一貫して民主党・民進党にお世話になってまいりました。2006年の衆議院補欠選挙で党を挙げて応援頂いたこと、そのお陰もあって2012年の逆風選挙で比例復活当選を果たすことができたこと、予算委員会含め様々な場に登用頂いたことなど、民主党・民進党で頂いた貴重な経験に感謝しております。これらは国会・地方議員、党員・サポーターをはじめとする民進党を支えて頂いている皆様のお陰だと心から感謝しております。

党を離れた後も、自民党に代わる政権を作らなければならないとの思いは共通だと信じますし、11年間の活動の中で培った信頼関係を何より大切にしたいと思います。また、私は民進党神奈川県連代表でもありましたので、とりわけ神奈川県の仲間についてはその思いは強いものがあります。将来、何らかの形で力を合わせる時がくるものと信じています。

政権を取るとの初心を貫くことにご理解頂くとともに、引き続きご指導頂けますようよろしくお願い申し上げます。

2017年9月15日